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一雨毎に季節は塗り変わるとはよく言ったもので。
冗談抜きに歴史的だった、この夏の気違いじみた酷暑でさえ、
秋に入ってからのそれなりの雨に洗われるごと、
朝晩の気温の下がりようにもぐぐんと加速がついており。
気がつけば、
そろそろ寝具を入れ替える用意をした方が善さそうなほどという
随分な冷え込みようになっている。
「とはいっても、昼間日中はまだまだ結構な残暑なんだがな。」
陽盛りで草刈りなんぞ手掛けたら、あっと言う間に汗みずくになるし、
「そろそろ体育祭の準備や練習が始まるとかで、
暑くて大変だとルフィが嬉しそうでな。」
「元気の塊だもんなぁ、あの坊主。」
大変だとめげる訳じゃあないというのは、
ゾロから言われるまでもなく、サンジも重々判っていたようで、
「で? 日程はいつよ。」
「去年と一緒のはずだがな。」
「それはなかろう、曜日が違う。」
「ああそうだな、そこはさすがにズレるか。」
うっさいなっ
悪かったわね、何年も何年も二年生だか三年生だか続けさして。
何百年も生きてる存在から言われたかないわよっ
…という、お聞き苦しい筆者の雄叫びはともかく(笑)
当日の弁当は任せとけ、お前は所持品だ何だの用意もあろうと、
そこは加担する気 満々らしい聖封様が、
ふふんと微笑って助っ人を買って出て下さり。
「ああ、頼む。」
特別な日の弁当は、ちょっと豪華ってのが基本らしいからな。
小じゃれたのを気張ってもらえるとあいつも喜ぶだろし、と。
ルフィさんが嬉しいならば、喧嘩相手へでも助力を惜しまぬ潔さもまた、
“いい傾向じゃんvv”
どうもこやつは、頑なというか頑迷というか、
自負とも違う強情さがあって、と。
そこのところへ たまにむかむかしていた天巌宮の御曹司様。
自分が出自不明の存在で、
他に同類を持たぬという意味での天涯孤独な身の上だということを、
それは淡々と受け止めており。
よって居ようが居まいが誰にも懸念されぬと、
苛酷な対峙へも果敢に飛び込む際には、
時に“生きて帰らずとも”なぞという、
後先考えない戦法を取ることが多かったものだから。
自分たちをどうしてアテにしないのかと、
勝手な先走りをする破邪だったのへ、ようよう激怒したもので。
きっとこやつには何か負わせて丁度いいのだと
うっすらそんなこと、気づいてはみたものの、
では誰を何を負わせればいいものか、
なかなか答えは出せぬままだったところに巡り来た
他でもない“人の和子”との とある出会いが、
まさか ああまで因縁深いそれだったとは…。
「……で。
こんなややこしいときに出て来やがった
空気読めねぇ妖異ってのは一体どこなんだ?」
「まあ、向こうのもんに
“台風一過”なんてのは判ろうまいよ。」
壮絶な大暴れつき、
途轍もない大雨で
列島を洗ってった大型台風が通過してったその隙をついて、
次界の壁のほころびから、
こそりと触手を伸ばした不届き者が出たという。
こちらへ完全に伸して来た訳ではないというのが、ちょっと例のないケースで。
「ただ歪みへ挟まっちまったってだけなら、
蹴り返してやりゃあ済むんだが。」
出没ポイントがあちこち移動している辺り、
奇禍に巻き込まれてしまった存在とも思えないとの判断から、
彼らへ裁定が回って来たということで。
「何かしらの意図あってっていうちょっかいなら、
成程 封滅対象には違いないからな。」
本来ならば相容れ合わぬ異世界同士。
こちらへ来たところで、
その身が保てはしなかったり、途轍もない生気を必要としたりと、
メリットはないはずだというに。
向こうの世界は何かしら不自由なのか、
自発的に障壁越えを目論む存在もなくはないらしいから、
このところの彼らは結構な忙しさ。
“…と踏んでるのは、
今のところ天使長たちどまりじゃああるんだが。”
杞憂ならよしとしつつ、だが、
そうと片づけるには収まりの悪い要素を伴う、
妖異の陽界への出没があまりに頻繁過ぎるのを、
そろそろ主立った顔触れも、気に留め、意に留めし始めており。
だが、今一つ確証が足りずで、
動き出せずに手をつかねているというところか。
こちら側という“現場”にいる身の自分たちも、
何かしら違和感を感じないではないけれど、
「…っ。」
雨上がりの澄んだ大気の中、見つけやすかったほころびの気配が
今ちょうどカサブタのように熱を帯びて開きかけている。
ゾロが足場にしているご町内からは、縦にも横にもちょいと離れた関東上空。
遠くへ去ったはずの積乱雲によく似た気体が浮かんでいるが、
「成分比重が0とはな。ふざけてやがる。」
単なる幻影。
しかも、陽の屈折とかいう代物でもなくの、
これが天世界ならそこに有ること認められよう、
陰体としての“個”を持つ何物か。
“いっそ大人しく“負界”んでも行ってくれりゃあいいのになぁ。”
それだとて、異世界への侵略侵入に違いないのだ、
均衡崩す行為や現象として、
やはり自分たちのようなポストが対処にあたらにゃならないが、
そういうパターンともなると、着手の仕方が根本的に異なるので、
少なくとも自分たちが乗り出すことにはならない。
大天使長以上の主管たちがこぞって祈りを捧げて、
向こうへ行った連中を二度と戻らぬようにと重奏結界を厳重に張るだけのこと。
“…で、済むんだろうかね、果たして。”
唇の端に挟んでいた紙巻きをプッと宙へと吹き出し、亜空間へ消して。
白い双手を忙しく組み、重ね、印を結んでから、
天へとかざせば、そこに広がるは虹色の半透明の天蓋で。
小さな傘どころではなく、
見渡す範囲の差し渡しという広大な視野をすべて、
一気に覆って空をクリスタルの光でカバーしたそれの下。
「囲い込み完了。すぐにも来るぞ。」
「おおよ。」
素材物質こそ周辺から集めたそれだが、
集積し、編み上げ紡いだのは、天巌宮の御曹司、封印の一族の次代様だけに。
ちょっとやそっとの化け物が暴走したってびくともしない結界であり。
それを構築したことで、暴れていいぞとのお墨付きを出した相手は、
遠慮の要らぬ環境下だという土台を踏んでのこと、
天へ掲げた腕の先、それはがつりとした骨太の手へ念を込め、
そこへ愛用の精霊刀を召喚する。
見映えは丁度、日本刀の大太刀に似た刀身とこしらえだが、
鯉口を切ったところから現れる本身の帯びた覇気はただごとではなく、
切れ味のいい刃物がたまに見せる、殺気や狂気どころではない
気の弱い者ならそれだけで震えが止まらなくなろう、
強靭な破壊力という存在感をたたえた、正しく殺傷器物に他ならず。
そうまでの代物を、単なる得物として双手へ構え、
雄々しい四肢もて支えた体躯に、ようようみなぎらせた鋭気を、
更に深く重く尖らせてゆく、生まれながらの破壊の剣士。
重厚な肢体は、隆と盛り上がった筋骨へ躍動という熱気をはらませ、
それを高々と構えた刀と、支える腕、肩へと送り込む。
そんな彼の鋭い眼光が見据えている先、
サンジが張り巡らせたそのまま保持している障壁の一角には。
灼熱で焼き切ろうというものか、
青みを帯びた虹色を赤々と焼いて、破ろうとする明るみが滲み始めており。
「大したもんだな。」
咒を解くではない力づくでの突破とは、
ようもそんな無茶をすると、苦々しく呟く聖封の傍ら、
もはやその全身が発光しそうなほどに念を高めた破壊の戦士が、
ぎらつく太刀をぶんと大きく一閃すると、
足場のないまま浮いていた宙空から、強くバネを効せた跳躍放ち。
アークの溶鉱でもこうまでの高温にはなるまい
目映く白い転変を見せている箇所目がけ、
大きく反らせた利き腕を弾かせるように振るって飛び掛かる。
どんっ、と
凄まじいまでの厚みと重さのある衝撃波が、
空間一杯、はちきれそうなほど広がって鳴り響き、
その圧力に結界全体がギシギシ軋んで突風が吹きすさんだが。
サンジもゾロも、
さして堪えてはいない、平然とした立ち姿のままに様子を見守っておれば。
「核は破砕したが。」
「連れが居やがったか?」
こちらへ顔を出す直前か出合い頭か、
とりあえず、その絶妙な間合いの中でゾロが叩きつけた一撃により、
相手の最も大きな存在は破壊に成功したものの。
強烈な熱によりこじ開けられかけていた結界の破砕面から、
じわじわと滲み出す。溶液のようなものがあり。
こちらへ出る端から球体に固まると、
ひゅんひゅんと加速を帯びて飛び交い始めるから始末が悪い。
「どんだけ量があるんだあれ。」
「さてな。」
主体はいねぇんだ、意志あっての行動までは出来まいから、
このまままとめてウチの連中呼んで回収させるが、
「駆けつけるまでは監視が要る。」
「そうか。」
「そうか、じゃねぇんだよ 」
俺一人に任せて帰ろうたって、そうはいかんぞ、ごら。
何だその言いようは。お膳立てと後始末はお前担当だろうがよ。
ほほお、いつからお前、そんな段取り待ちのお坊ちゃまになった?
お空の上で、しかも
取り扱い注意な存在が多発中という尋常ならざる舞台にて、
鋭く睨み合っての罵倒の応酬を繰り広げる、
困った相性の“最強破壊担当の匠”らだが。
ただ単に喧嘩腰になってるだけではなくて、
「てえいっ!」
印を切りつつ、振るう手の先にて、
厄介な球体を次々蒸散させているサンジであり。
「面倒なもんになりやがってよっ。」
片やのゾロもまた、太刀を小刻みに操ると、
深紅の赤血球にも見えよう、照り光る球体を、
次々に打ち壊しては散らしている。
結界を壊してまで外へこぼれそうではないながら、
それでも万が一にも人へと触れれば、いやさ結界の外へあふれれば、
どんな影響が出るかは計り知れなくて。
「応援はまだか?」
「もうちょい…って、何だありゃ。」
錯綜結界という障壁越し、
間近に見えるが実は空間を随分とねじ曲げ折り曲げた先、
つまりは遠く離れた位置とも言える亜空間にいるというに、
それにしてはいやに間近に見える飛来物が接近しており。
「助っ人じゃねぇのか?」
「少なくともあんな航空機をチャーターして来るはずはねぇよ。」
人間たちの、そう、
個人所有らしき小型のジェット機というのが、
丁度こちらへ滑空して来ており。
「そうと見えてるが実は重なってねぇんだろうが。」
「いや…そのはずなんだが、これは…。」
起こり得ないことと遭遇していると言わんばかり、
あわわと焦っているサンジであり。
「有り得ないことだが、向こうさんが妙な磁場を抱えてやがる。
ここと接触したら融合しかねんぞ?」
「何だそりゃ。」
奇しくもさっきサンジが口にしたのと同じ文言を言い放つゾロだったが、
どんっ、と
さっきとは別口の衝撃波に襲われて、
信じ難いことながら、サンジが構築した結界が、
ぱんっと景気よく弾けたものだから、
「〜〜〜〜〜〜っ。」
「自信喪失しとる場合かっ!」
結界の素材は見る見るうちにも宙へと四散し、
困った物体、真っ赤な球体の群れが周囲へあふれ始める。
口惜しいほどゆっくりと、手を伸ばせば間に合うように見えるのが癪で。
だが、この数を全部は無理だと、良識が否定し、手が凍ったように動かせぬ。
まずはと、一番間近にあった、
はた迷惑なジェット機へ群れなしてまといつきかけ、
「…チッ。」
せめて彼らだけでも庇おうと、宙を翔って太刀を振るい、
手近な幾つかを薙ぎ払ったゾロの視線のその先。
結界がなくなって自然光の下に見ることとなった、
鈍いシルバーの流線形の機体が、不意に…自ら発光しだして。
「な…っ。」
機械的・物理的な光ではないのは、その波長ですぐにも判った。
しかもしかも、ペンキより性分の悪いそれだろう、
転変して瘴気を帯びた有機体と化していたあちらからの侵入物らを、
信じにくかったが一瞬にしてすべて蒸散させた威力の物凄さよ。
大体、こんなとんでもない乱入が出来たこと自体、
ただ者ではない機体だった訳だし。
「一体どういう まじないなり祝福なりを掛けてありやがったんだ、これ。」
こういう効果と言えばの聖封さんが、
少々憤懣気味に睨みつけたジェットの小窓が、斜光を受けてか ちかりと光り。
やばいやばいと自分たちへ光学撹乱の咒を掛けたサンジの手の向こう、
シートへゆったりと、その身をゆだねていた長い黒髪の女性が、
冷たい一瞥をこちらへ向けた…ような気がしたゾロだった。
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*ちょいと不思議な邂逅です。
きっとあの方に違いありませんのに、
段取り上とはいえ、妙に気を持たせてすいませんね。
こんなお話に出て来るくらいですから
何らかの癖があるのもお約束でしょうか?(自分で言うかい)

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